長崎の琵琶湖? 浦上新田

はじめまして
長崎の地名好きです。長崎のいいところは歴史が満載であること
故に古地図なども江戸や京などを除き結構のあるほうではないでしょうか
これから少しずつですが長崎の海岸線を中心とした地名を紹介していきたいと思います。

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まずは長崎の琵琶湖?
ま~そんなものあるはずもありませんが(汗)
まぁ~しいていえば大村湾は湖ではありませんがその大きさや景観などは
琵琶湖に近いかもしれません。

ところが長崎市内に江戸時代、長崎の琵琶湖にたとえられた場所があったようです。
まぁ~どんだけ盛ってんの。。。そんな広い場所など全くねぇ~よと言いたくなりますが(笑)

それが長崎市内の浜口町から今の銭座町一帯付近に広がっていたであろう海です。
現在より広かったであろう長崎港の奥の方がまるで琵琶湖に見えたのでしょうか?
きっと琵琶湖を見たことがない方がそういったのかもしれませんね(笑)

このあたり昔は浦上と申します。
浦上自体の地名は長崎港付近に沢山の浦がありましたがその上手の方であることから
名付けられた地名と考えられます。
その浦上地区でも海が一番奥まで来ていた場所が現在の浜口町になります。
とても分かりやすい地名です。

写真でもわかると思いますがその名残ではありませんが松山町(住吉)方向に向かう方角の道は傾斜がついています。
その広かった長崎港も江戸時代の享保年間1730年代後半には埋め立てられ浦上新田が築かれました。
新田が築かれた後は蓮の名所になって結構賑わったようです。
浦上新田あたりが蓮の名所だったなんて想像もつきませんが綺麗だったんでしょうね。


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写真でもわかると思いますがこの平地が江戸時代は海であり浦上新田であり、蓮の名所
だったんでしょうね。今は長崎では有難い平地として機能してます。

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浜口町といえば、三菱浜口アパートがありましたがもう過去帳になりました。
時代は少しずつ進んでいます。



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