館内(下長崎村十善寺郷 館内) 唐人屋敷

今回はまちなかの館内町、唐人屋敷のあった町です。私が産まれた病院もこの近く
なんか親近感を感じる長崎らしい景観の残る界隈です。

30.jpg

個人的には明治期に修復された土神堂が気に入ってます。目の前に市場があってとても雰囲気がいいです♪
その他にも観音堂、天后堂など遺構がありますが出島や外国人居留地の大浦に比べ人気はありません。
大火で当時の遺構が殆どないことや居留地から外され日本人が住むようになったのが原因かもしれません。とはいえ近くの籠町龍踊もその片鱗を感じさせてくれます。

ちなみに唐人屋敷は出島の比べ随分遅れ1689年に完成したようです。それまでは中国人はオランダ人と違って自由だったようです。
唐船の来航増加や抜荷などの問題があり、元の十善寺跡を幕府が御薬園として使ったようですが失敗し空き地になっていた場所につくられたようです。

尚、文化遺産オンラインで長崎唐蘭館図巻や長崎唐館交易図巻を見ることができます。

さて館内町の地名の由来ですがこちらは地名が新しいこともありはっきりしています。
大正2年に十善寺郷と広馬場町の一部が元の唐人屋敷内の敷地であったことから館内と名付けられています。
長崎らしいいい地名だと思います。
昔の絵図も唐館と呼ばれていますし、今もおみやげに出島蘭館なんてのもありますね(笑)

ちなみに横浜には関内なんて有名な地名もあります。あそこの関内も字こそ違いますが、幕末の横浜開港で外国人居留地の外に関所を設け、実質出島のように(広さはありましたが)外と隔離したことが由来なので似ています。

32.jpg

この辺のいいところは、昔ながらの長崎を感じる場所が残っていることです。
それは店であったり石畳であったり人ぞれぞれに感じると思います。普段いかないところをぼちぼち歩いて新発見ができるのも長崎のいいところかもしれません。

この記事へのコメント