内海にある文殊菩薩神社 亀浦村白似田郷元越 文殊鼻

西彼町の元越、地元でない方で知っている方は相当な通かもしれません。
内海に面した小さな入江です。
まして文殊鼻までしっていたら只者ではないでしょう(笑)

98.jpg

長崎市内からだと長崎バスで1時間半ほどかかります。行き先は亀浦行きになります。
昔から変わらず未だに市内から直通バスが2本あるのはある意味奇跡的かもしれません。
そんな1日2往復しかバスも通らない場所ですが、亀浦行きのバスに乗っていると気になる鳥居が海に面してあったのでいつか撮ってみたいなぁ~と思いつつ、ある日ようやくバスで訪ね撮ることができました。

天気は悪くいまいちでしたが(汗)

100.jpg

バス停からも見える海に面した鳥居、とってもいいですねぇ~♪
名に神社だろうと近づくと、鳥居には文殊菩薩と記されています。
あれ?文殊菩薩って仏教だよなぁ~?なんて不思議に思いつつゆっくり元越の風景を楽しみました。
神仏習合の名残なんでしょうか。

99.jpg

とても風格のある鳥居です。
さて地名について元越は西彼町の小字として残ってますが文殊鼻は伊能忠敬の測量日記に出てくる地名で小字にもありません。
まず元越ですがここから形上(大江橋)側に出る場合の小さな峠になっていることから越える元(下)の場所としてつけられた可能性が高い地名と思われます。ちなみに峠の反対側には猪越と同じ越系の地名があります。

さて文殊鼻ですが測量日記には字文殊鼻のあとに形上村と大串村の村堺で終わるといった記載が見られます。
現在もちょうど元越の場所が琴海町と西彼町(西海市)の境になっているので位置的にも当たっています。

文殊鼻は幸いにも現在も文殊菩薩神社があるのでこの場所が文殊鼻だったことが分かります。
実際この場所はちょっとだけ出っ張った鼻状の地形ですので地名としてもぴったりです。

また測量日記には元越と文殊鼻の間に山伏浦の地名があります。(伊能大図にも山伏浦の記載があります。)
もしかしたら文殊鼻の手前にあるバスの走っている元越付近の小さな入江(浦)が山伏浦だった時代があったのかもしれません。
山伏さんが住んでいた浦ということになりますが、山伏なのに海で修業?文殊菩薩神社同様不思議な組み合わせかもしれません。

今日は元越の文殊鼻のお話でした。

この記事へのコメント