松ノ頭(長与村本川内郷 松ノ頭) 西山街道(殿様道)最大の難所、松ノ頭峠

長崎には昔、中心部から5つの街道がありました。矢上方面への長崎街道、26聖人が歩いた浦上街道、茂木方面への茂木街道、そして脇岬の観音寺参詣のための御崎道、そして、西山を通り、川平からくるまき峠を越え、本川内より松ノ頭峠を越え、伊木力の舟津までの西山街道です。

11.jpg

ちなみに写真は本川内駅より見た松ノ頭峠方面です。正面の高い山が松ノ頭峠の部分です。ちなみに写真の右側が大越方面になります。ちなみに長崎本線(長与周り)は峠の手前で松ノ峠トンネルに入ります。明治後期に作られたトンネルは当時非常に難解な工事で鉄道の開通が1年遅れたとの話もあるようです。ちなみに伊能大図には松ノ頭の記載がなく、測量日記にも海側を測量しているので本川内を含め地名の記載はありません。

殿様道とも呼ばれた西山街道ですが、この峠を超え、伊木力村の舟津から舟で大村へ渡ったようにこの街道は主に大村藩の殿様専用道としての役目がありました。

さて松ノ頭(まつのとう)の地名の由来ですが、峠の登り口である大越地区にかってあった一里松が由来になったようです。恐らく西山街道の一里塚付近にあった松と考えられます。その松が由来となり松のある峠として松の峠とよばれ、それが時を隔て短縮する形で「まつのとうげ」が「まつのとう」となったと考えれます。峠を「とう」と短縮する地名は多く存在します。

その「まつのとう」の「とう」の当て字として頭が使われ、松ノ頭となったと考えられます。ちなみに鉄道のトンネルは松ノ峠トンネル(まつのとうトンネル)でこちらのほうが小字としての地名より当て字としては結果的に分かりやすい形になっています。

12.jpg

上記写真は1975年に撮影された長与村本川内郷 松ノ頭(長与町)の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。左下にある文字左がJR長崎本線の本川内駅、松ノ峠トンネルは松文字下あたりがトンネル口になります。また写真上部にある松ノ頭が道路としての松ノ頭峠であり小字としての松ノ頭となります。

13.jpg

上記写真は2010年に撮影された長与村本川内郷 松ノ頭(長与町)の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。長与ダムが完成し周辺部の風景が若干変化しています。また松ノ頭地区の右下方向が小字としての大越になります。地名の由来はまさにこの松ノ頭峠の登り口として大きく越えていく場所だったことに因んでいます。①の左下がJRの松ノ峠トンネル口になります。

今日は長与の本川内にある松ノ頭のお話でした。

この記事へのコメント