継石(時津村元村郷 継石) 鯖くさらかし岩

子供のころ土曜の夕方と言えば、タイムボカンシリーズを見てから7時からは日本昔ばなしを見るのが定番でした。その日本昔ばなしにも登場したことがあるのが鯖くさらかし岩のある継石です。

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当時は昔話や伝説も好きで民話の本なども読んでいたので郷土の昔話が出たときにはえらく感動したことを覚えています。逆に長崎舞台のはこれらいしか記憶にありません(笑)

鯖くさらかし岩、継石坊主とも呼ばれていますが、崖の上に聳える奇岩で国道からもよく見える時津の象徴岩です。昔は長崎街道、時代が変われば浦上街道(時津街道)筋ですので26聖人の方も通ったルートです。

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継石には市内から時津方面に長崎バスが多数運行されています。長崎市内からバスに乗っていて長崎との境である打坂峠を下ると鯖くさらかし岩が見えてきます、ちなみに打坂峠は長崎の「塩狩峠」ともいうべきバス車掌さんの話が地元では知られています。

西浦上に住んでいるときは親戚もいないので、市内中心部や海なら茂木方面ばかり出かけていたので時津へは、時津饅頭は大好きですがくら寿司に行ったり、靴買いに流通センターに行くときなどでこの近くに来ることがあるくらいです(笑)まぁ~近くに行けば必ず目が行ってしまう奇岩で、確かに落ちないか心配になりそうな岩です。正直言って、あんな岩の下には住みたくありません。「おっちゃけたら、シャレにならんよ」と思います♪

岩の大きさは下の部分が20メートル、上の石は4.5メートルの高さがあるそうで別々の岩で繋がっていません(今は補強の意味で多少つながっているようです)。大村郷村記にも記され、重ね卵の如くの文字が見られます。木に隠れれば場所によれば確かに卵を重ねたように見えなくもありません。卵のように不安定な石が重なっているという意味ではよく岩の特徴を表しているかもしれません。

鯖くさらかし岩の語源は、蜀山人こと大田南畝の「岩かどに 立ちぬる石を 見つつをれば になへる魚も さはくちぬべし」が有名で昔話もこの歌から作られたことでしょう。

ちなみに伊能忠敬の測量日記には栗岩とあります。時代によっては栗岩と呼ばれたことがあったのかもしれません。大田南畝の歌がなければ栗岩や重ね卵岩なんて呼び名になっていたかもしれません。

ところで地名の継石ですが継「つぎ」には突き出たところ、や尽きるところから、突き出た場所にある崖や尽きた場所にある崖などに地名ではよく用いられることから、どちらかの意味の崖にある石であることから継石の地名ができたと考えられます。

今日は時津村元村郷の継石のおはなしでした。

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