長崎造船大学(川南高等造船学校)ゆかりの地 香焼村 丸島浦

長崎造船大学?そういえば昔聞いたことがあるような。。。あれ?今は。。地図を見ながら気になりだしました。私の病気がまた始まった合図です。今日は造船大ゆかりの香焼島丸島浦のおはなしをしようと思います。

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写真は、現在の丸島浦です。目の前の沖にあるぽこんとした標高22メートルの小島が丸島です。特徴がある形ですので一度見たら忘れられない愛くるしさを持ち合わせています♪場所は香焼島の入り口付近の伊王島側ですので、長崎バスの香焼行きに乗って深浦バス停から伊王島方向に向かうと丸島浦に歩いて行けます。

ところで造船大なんて、まさに造船の街、長崎らしいですがどうなったんだろうと思い調べたら、今は網場にある長崎総合科学大(総科大)になったらしいです。最近の造船不況、残念ながら三菱の香焼工場が大島造船に変わるニュースもありましたし、長崎工業には造船科があったよなぁ~なんて思っていたら、今は名前が変えられてなくなっているように、他の業種よりも早く世界の波を受けやすい業種とも言えますね。

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こちらは昭和31年発行の地形図「今昔マップ on the web」より、香焼島がまだ埋め立て前で島であったことも貴重ですが、丸島浦に面して長崎造船大学の文字が目を引きます。さて長崎造船大学ですが元々は、同じ香焼島で造船会社をやっていた川南造船の建てた学校で、戦時中の昭和18年4月に川南造船高等学校として開校し、昭和25年からは造船短大として昭和36年まで丸島浦に学校があったようです。昭和37年には現在の網場に移転し昭和40年からは長崎最初の私立大として長崎造船大学となったようです。

現在も総科大の工学部内の船舶工学が造船大の血を引いていると言えそうです。元の川南造船は残念ながら廃業していますが学校としては立派に残っているので今後も頑張ってほしいですね。ちなみに川南造船は初代南極観測船「宗谷」の造船にも関わった会社として知られているようです。

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こちらは別方向から見た丸島です。まさに造船の島といった香焼島ですが造船所以外にも意外と見所があるので海沿いなどをお散歩してみるのも楽しい島です。

ところで造船大の学生が親しんだ丸島浦ですが、伊能大図に丸島を含め、記載はありませんが測量日記には丸島浦も記載はあります。小字にも残念ながら丸島浦は残っておらず、江戸期には少なくとも使われていた地名であることしかわかりません。もちろん地名に由来は沖合にある丸島がある浦であることが丸島浦の地名の由来と考えられます。

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上記写真は2010年に撮影された香焼島 丸島浦(長崎市香焼町)、「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。丸島文字下にあるのが可愛い小島の丸島です。写真で見る限り造船大の跡は住宅地に変わっています。

今日はかって造船の島にあり造船学校のあった丸島浦のおはなしでした。

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