弁天島(福田村柿泊郷 弁天島) 弁天白浜由来の島

地元(柿泊)の方は分かるかもしれませんが、地元の方にしか分からないことはままあるものです。今日はどうもいまいち分からない柿泊にある弁天島について

2021年は島の位置がはっきり分からず半信半疑でしたがようやく、郷土資料から位置が確認できたので写真や本文を差し替えさせていただきます。

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微妙な写真になり申し訳ないのですが弁天島は鵜飼洞穴の先に見える島(大潮の干潮のときは恐らく渡れると思います)が弁天島になります。ちなみに私が去年弁天島と勘違いしたものは、大村郷村記のよれば割瀬または割石鼻と呼ばれていたものでした。お詫びして訂正いたします。

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写真は弁天島(新しく画像追加)こちらのほうが分かりやすいかもしれません。

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写真は弁天島(新しく画像追加)大潮の干潮時は渡ることも可能な島です。波が高いときは危険ですのでやめましょう。通常は手前の部分が海になり渡れません。

さて弁天島ですが、残念ながら伊能大図や測量日記に記載はなく、福田村勢要覧に記載が出てくる地名です。弁天だけですとと、弁天白浜バス停や弁天白浜海水浴場などの地名があります。ちなみに柿泊郷の小字にもない地名です。福田村村勢要覧には小白浜と龍ヶ崎鼻の間にある記載があることから考えてある程度の場所は推定していましたがちょっとずれていました。

弁天島について大村郷村記には、手熊深浦にあり周囲1町7間半、松小立、弁財天の祠ありと記載されています。島の大きさや位置的なものを考えてもほぼ間違いないと考えられます。

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長崎バス、弁天白浜バス停、市内から柿泊行き、またはほぼ無くなった福田経由相川行き40分ほど、以前と違い珍しいことに小江小浦行きが延長された形で本数が増えていますが、コロナ渦で今後減便の可能性も出てくるかもしれません。弁天白浜の由来になった弁天島までは鵜飼洞穴を抜けて見える正面の島です。

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こちらは弁天白浜付近を走る長崎バス、福田経由相川行き、福田から式見まで海岸沿いを走る路線で海好きな私には魅力的な路線でしたが近年本数が激減してしまいました。

さて弁天島の由来について考えたいと思います。場所すら厳格に特定できない恥ずかしい状況で恐縮でございますが、弁天様に関わる地名であることに間違いはないと思われます。恐らくは島の形が弁天様に見えた、又は弁天様を祀る祠がある時期があったなどが考えられます。近くの手熊海岸には地元で知られた「とんび岩」(ゴジラ岩)がありますが、同じように地元では知られ親しまれていたものと推察されます。

2021年次は上記のように書いておりましたが、由来は大村郷村記に書いている通り、弁天様の祠があったことが由来になっています。大村郷村記には深浦小島、弁財天、石祠例祭8月7日、一本松木立といった記載もあります。

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上記写真は2010年に撮影された福田村柿泊郷弁天島(長崎市柿泊町附近)の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。弁天白浜のすぐ近くにあるのが弁天島、竜ケ崎と弁天島の間には能瀬鼻があります。

今日は柿泊にある弁天島のおはなしでした。

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