梅ケ谷(浦上淵村竹ノ久保郷梅ケ谷) 火葬場の谷は梅の名所

桜の名所は思い浮かべますが、長崎で梅の名所と言われても??です。丸山の天満宮には梅のない時期にしか行ったことがありません。今日は江戸期の長崎にあった梅の名所のおはなしです。

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写真は淵町バス停付近です。この通りの後ろにある最近移転してきた十善会病院(以前は成人病センター)、その奥にある谷が今回紹介する梅ケ谷になります。現在は長崎市もみじ谷葬祭場もあります。

もみじ谷、個人的には今年、父が別の世界へ旅立ましたので初めて行くことになりましたが、あまり行きたい場所ではありませんね、病院の後ろの谷はこういう火葬場があったんだと初めて知りました。ほんのり植生も豊かに見えたような記憶はあります。今はもみじ谷と呼ばれているんでしょうね。火葬場の場所にふさわしい場所であり地名と思いました。

さて小字にも梅ケ谷の地名は残っていませんが江戸期にはあった地名で、伊能忠敬の測量日記に現在の淵神社のある万福寺の後に、梅ケ谷の地名が出てきます。また長崎名勝図絵には淵村竹窪郷にあり、福田氏の別荘がり梅の木が多く梅の咲く時期には清々しい香りが人を包むといったことが書かれています。

この両方同じ地区に記載があるので江戸期にあった地名であることは間違いないでしょう。福田氏の別荘だったか真偽は分かりませんが別荘ならば周りに梅を個人的趣向で植えることはあったでしょう。白梅、紅梅、そちらも桜が咲く前に春を感じさせる私も大好きな花です。今でこそ桜がメインになっていますが梅の方が昔はメジャーだった気がします。

梅の咲く時期にこの場所に行ってないので分かりませんが、今はもう梅は見られないかもしれません。原爆の際に燃え尽きたかもしれませんし、それ以前にすでに無くなった可能性もあります。だからこそ小字にはカシワラ谷の地名になっているのかもしれません。

梅ケ谷の地名の由来は、まさに字が表していますが梅の咲く谷だったことが由来で間違いないでしょう。

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上記写真は2010年に撮影された浦上淵村竹ノ久保郷梅ケ谷(長崎市淵町附近)の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。火葬場付近一帯の谷が江戸期の梅ケ谷になります。谷の麓には移転してきた十善会病院があります。

今日は江戸期にあった梅ケ谷のおはなしでした。





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