観音崎(福田村大浦郷 観音崎)神の島工業団地内にあるかっての岬

観音崎、割合どこにでもありがな地名で、長崎県のように海岸線の長い地域では数か所にあります。今日はかって福田村と浦上淵村小瀬戸郷(小榊町)との境界にあった観音崎について。。

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写真は福田方面より見た観音崎(左端手前の小山)、その右隣りが神の島工業団地でその後背地が神の島になります。バスですと長崎バスの神の島行きで小瀬戸で降りるか、工業団地経由のバスなら工業団地入口で降りて、ひたすら西側の海岸線を目指せば観音崎に行くことができます。しかしながら昭和50年代の埋立で残念ながら海に面した岬ではなく、工業団地内にある小山になっています。

そんな観音崎ですが伊能大図や測量日記にも地名の記載があります。地形図にも1970年代まではしっかり記載がありますが、埋立てが完了した1980年代以降の地形図からは観音崎の地名は消失しています。また長崎名勝図絵にも観音崎の記載があり、観音崎は神の島の北にあり、神の島との瀬戸は小舟しか通れない、岬には観音大士が以前祀ってあったので観音崎の名称になったと地名の由来にも触れた内容の記載があります。

観音崎の地名の由来は、この長崎名勝図絵の記載から伺えるように岬に観音様が祀られていたことから観音様の祀られた岬として観音崎になったと考えられます。場所によっては岬の形状や岬周辺にある岩が観音様に見えることから名付けられる可能性もありますが、この観音崎はそういう類ではなさそうです。ただ長崎名勝図絵の記載から言えることは、江戸末期には観音崎に観音様は祀られてなくただ伝承のみが存在したということです。あるいは岬に観音様(偶像)などが流れ着いた伝承などからこの名になった可能性もあるかもしれません。

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こちらは1975年に撮影された福田村大浦郷 観音崎(長崎市小瀬戸町)周辺の空中写真です、「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。昭和50年代初頭はまだ観音崎が海に面した岬であったことが分かります。


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こちらは2010年に撮影された福田村大浦郷 観音崎(長崎市小瀬戸町)周辺の空中写真です、「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。1980年代には大規模な埋立てが終わり神の島工業団地が形成され観音崎周辺が埋立られ埋没し岬としての機能が失われた景観になっていることが分かります。

時代の流れとは言え、岬がひとつ失われたことは寂しい気がします。現在も観音様が祀られ、信仰の対象になってそれなりに賑わう岬であったなら、あるいは反対運動で岬の形状は残された可能性もあったかもしれませんが、ただの伝承だけでは岬を残す余地などなかったのでしょう。

今日は福田と小瀬戸郷の境界にあって失われた観音崎のおはなしでした。

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