モダンな小学校と対称的なくたびれた家屋、この家屋や道より南側にあった小字地名が浄福になります。なんだか聞いたり字だけから推測すると仏教系地名に思え、地形的なものではないと気になっていた地名です。
早速ですがコザ地名の浄福について考えたいと思います。小字地名ですので伊能大図に記載はありませんが測量日記には中ノ郷内に字浄福と記載があります。丁度浦上街道沿いであったことが幸いし測量日記にも記されています。また長崎名勝図絵や長崎古今集覧には浄福寺、山里村在、今は寺跡になっているような記述が見られ、この地に浄福寺があったことが確認できます。
(はじめ長崎名勝図絵に記載はないと書きましたが記載はあります。私の見落としでしたのでお詫びして訂正しております)
小字地名「浄福」の由来はかって浄福寺があった痕跡で地名として残されていたようです。隠れキリシタンの特に多い地域でしたからあまりお寺も流行らなかったのかもしれません。宗派の問題もあるとは思いますが。。。
今日は山里にあった寺の痕跡地名のおはなしでした。
後日よく確かめると長崎名勝図絵にも浄福の記載がありました。訂正させていただきます。
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