馬場(浦上山里村家野郷 馬場)サンタ・クララ教会址

今日は浦上川の沿い、本大橋(山里大橋)附近にある小字地名のおはなしです。

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写真の浦上川右岸が馬場になります。この馬場の右岸に江戸期1603年にイエズス会のサンタ・クララ教会が建てられ1614年の禁教令までは浦上信徒の中心として賑わったようです。教会自体は1619年に取り壊されたようです。立地的に浦上街道沿いの平地で人の往来も多く賑わう場所ですので禁教令さえなければもっとこの周辺が賑わっていたかもしれません。

ただこちらの教会は浦上川沿いですので洪水などを考えれば、今の浦上教会の方が高台にありますので立地的には優れているのではないでしょうか。

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本大橋より上流側、左岸が小字地名の馬場になります。路面電車ですと浦上車庫前、長崎バスですと岩屋橋が最寄りになります。

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こちらは明治34年陸測図より(今昔マップ on the webより)貴重な明治期の家野郷周辺の地形図、浦上川沿いの馬場周辺に集落がありますが周りは水田地帯であったことが分かります。

馬場の地名について考えたいと思います。小字地名ですので伊能大図や測量日記、並びに長崎名勝図絵や長崎古今集覧にも記載のない地名です。由来ですが浦上街道沿いですし、ちょうどこの場所で長崎へ向えば坂道が続き時津へ向えばしばらく平地が続きます。文字が示すようにここで馬に乗り換えるなど馬小屋(馬場)があったこと、その乗り換え地点として集落ができたことなどが馬場の由来になったと考えられます。馬に関係なく街道の意味で単に馬場となった可能性もありますが、立地的にも馬小屋があってもおかしくない場所です。

今日は家野郷にある馬場のおはなしでした。



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