![029.jpg](https://nagasaki-timei.up.seesaa.net/image/029-thumbnail2.jpg)
写真の中央左よりの丘方向が小字地名の赤木周辺になり、現在は高尾小学校やキリシタン墓地で知られる赤城墓地があります。小字地名は赤木ですが小字地名は赤城になっています。
赤城と言えば真珠湾攻撃に参加した日本を代表する航空母艦やその艦名の由来になった上州の赤城山を思い出します。はじめてこの地名を知ったのは赤城墓地でしたので長崎になぜ赤城があるのか不思議に思いました。
小字地名の赤木について考えたいと思います。小字地名ですので伊能大図や測量日記、また長崎名勝図絵や長崎古今集覧にも記載のない地名です。さて赤木の由来ですが、まずは赤城山に因んだ赤城神社が全国にあり、もしかして長崎にあった可能性も探りましたが文献にはなく勿論痕跡もなく、この墓地名になっている赤城は恐らく当て字で間違いないと思います。
さて赤木という樹木も存在しているのですが、植生的には沖縄、南西諸島、小笠原ですので植物の赤木でもありません。ただ赤木には樹木種としての赤木の他に木材として赤い蘇芳や紫檀、桑なども呼ばれるようですので山里の赤木もこの木が赤っぽく見える樹木の植生から赤木になったと考えられます。
![029-2.jpg](https://nagasaki-timei.up.seesaa.net/image/029-2-thumbnail2.jpg)
こちらは2010年に撮影された浦上山里村中野郷 赤木(長崎市高尾町)周辺の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。高尾小学校や赤城墓地周辺が赤木のあった場所です。
今日は山里にある赤木のおはなしでした。
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