城山(深堀村 城山)深堀氏俵石城址

城山と言えば鹿児島の城山を思い出しますが、今日は深堀にある城山のおはなしです。

0380.jpg

写真は対岸の香焼島の長崎バス竹崎バス停付近から見た城山、対岸中央やや右寄りに山頂のあるどっしりした風格ある山容の山です。現在も標高350.5mの山として地形図に記載の山です。

深堀氏の俵石城があった山ですが、中世の山城らしく非常に高い標高にある山城ですので守るにはいい城ですが居住する点では飲料水の確保や食料の運搬などを考えると使ったのは遅くとも戦国期までだったのではないでしょうか。江戸期は当然ですが有海近くにある陣屋に居住した深堀氏、佐賀鍋島藩家老格の支藩ですので一国一城令もあり、城の所有は認められません。

元寇の頃から土着した深堀氏ですが残念ながら俵石城がいつ頃の城か特定できていません。ちなみに俵石は今も城山に俵の形をした石が沢山見られることが由来になっているようです。

城山の地名について考えたいと思います。標高が高い山ということもあり伊能大図にはしっかりと城山の記載があります。測量日記は海岸沿いの測量のため記載はありません。また長崎名勝図絵や長崎古今集覧には八幡山として紹介され、山上に八幡祠があることや山の東側に俵のような奇石があることや一名城山と呼ばれていることが記されています。

由来はこの俵石城と呼ばれる深堀氏の山城があった山であることが城山の由来です。

0380-2.jpg

上記地形図は明治34年陸測図「深堀」より(今昔マップ on the webより)、深堀の集落からかなり離れ標高が高いことが地形図だと分かり安い城山です。

今日は深堀にある城山のおはなしでした。

この記事へのコメント