写真は、さいかい交通の大串~大瀬戸線(下山経由)の木場バス停付近より見た中木場地区、周辺にある八人ヶ岳同様にこの辺りも標高が高くバスの車窓からも短時間ながら内海のパノラマ風景を楽しめます。
バス停名が名乗る通りこの辺り一般には木場地区と言われ、小字地名もこの周辺に中木場以外に下木場、上木場、冬木場と複数の木場地名があるほどです。
小字地名の中木場について考えたいと思います。山間部の小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載はない地名です。また(大村)郷村記三町分にも記載は見当たりません。
地名の由来ですが、中は位置的(標高)なもので上木場、下木場との間にあることから中になったと考えられます。木場は長崎市内も郊外まで足を延ばすと多数ある地名で焼畑の意味で使われています。位置的に中ほどにある焼畑地域といった意味になります。
明治中期まで日本中で盛んだったらしい焼畑、海以外は平地の少ない長崎、西彼杵半島ですので山間部で生活するには焼畑が普通であったことが伺い知れます。
今日は西彼杵半島西彼側にある山間地名のおはなしでした。
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