高嶋(時津村日並郷 高嶋)地形図上は鷹島

今日は大村湾に浮かぶ高嶋のおはなしです。

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写真は長崎バスの車窓から撮った大村湾に浮かぶ無人島の高嶋、地形図上では鷹島になっています。長崎バスの内海線、琴海方面へ行く路線バスのことのうみバス停付近から見える島です。

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こちらは夕暮れ時の高嶋、昔は有人の島でしたが現在は残念ながら無人島のようです。少子高齢化、後継者不足、小さな島は一番影響を初めに受けやすいかもしれません。地形図状は鷹島ですが郷村記記載の島名を踏襲しています。

小字地名で島名でもある高嶋について考えたいと思います。
島ということもあり、伊能大図や測量日記には記載のある地名です。測量日記には高嶋は一周一十七町十間五寸で人家1軒、小字地名として元ノ洲もあったことが記されています。
また、(大村)郷村記時津村には鷹島、以前は松山なり天保一三年、畠開人家弐軒とこの時期は2軒あったことが記されています。

由来ですが、周辺の島に比べ標高(41メートルほど)が高いことが由来になったと考えられます。周辺の前島や焼島、辰島などに比べ一番高い標高の島になっています。

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上記写真は1975年に撮影された時津村日並郷 高嶋(時津町日並郷)周辺の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。島全体が果樹畑に覆われ人家も見え生活感が漂う素敵な島だったことが分かります。

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上記写真は2010年に撮影された時津村日並郷 高嶋(時津町日並郷)周辺の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。残念ながら無人島になったように見えます。30年で自然に還りつつある高嶋

今日は大村湾に浮かぶ高嶋(鷹島)のおはなしでした。


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