写真は神の島側からみた福田崎(右側の岬)、江戸期の長崎名勝図絵や長崎古今集覧にも半片(かたそぎ)山と紹介されているように半分をそぎ落としたような山の形をしている岬です。
伊王島側から見た福田崎、写真の中央付近が福田崎、右側にはテレビ塔のある稲佐山が見えています。福田の本町側やサンセットマリーナ付近からは見えません。小江港の方からは見ることが可能です。外海方向のため西側の海岸線は荒らしくこの福田崎も道もほぼないに近く、間近で見るには船をチャーターするしかありません。
福田の岬である福田崎の地名について考えたいと思います。
角力灘に面した大きな岬ですので伊能大図や測量日記に記載がある岬です。また岬の先端部に洞窟があることから長崎名勝図絵や長崎古今集覧にも福田ノ穴、福田洞として紹介されています。また郷村記福田村でも福田崎穴ノ口のほか、洞窟については穴之事として深さや特徴等記されています。
岬の由来ですが、もちろん福田浦に面した岬であることが由来になっています。
昔の遊園地のように大きなレジャー施設があればあるいは福田の穴を見る遊覧船もあったかもしれません。
こちらは明治34年陸測図「長崎」(今昔マップ on the webより)福田崎周辺の地形図、現在も地形図状は変化のない福田崎
今日は福田崎のおはなしでした。
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