子捨川(黒崎村永田郷 子捨川)三重田と黒崎の境界を流れる川

今日は外海黒崎にある小字地名のおはなしです。

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国道202号線、黒崎永田郷(永田町)子捨川付近を走るさいかい交通路線バス1640号、国道より崖下にある子捨川(現杉谷川)が三重田と黒崎の境界なのですが国道からは見ることができません。

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因みに地内には永田いこいの広場や先日紹介した立瀬があります。

黒崎永田郷(永田町)にある小字地名「子捨川」の地名について考えたいと思います。
(尚 以前三重田郷子捨川で記したものと同じになりますご了承ください)
小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載はありませんが、(大村)郷村記三重村と黒崎村には両村の境界のため子捨河の記載があります。由来ですが恐らく文字通り子供を捨てる風習、あるいは過去にこの川に子供が捨てられた等、子捨に因んだことが由来の地名と考えられます。隠れキリシタンの里、外海周辺は決して豊かな地ではありません、江戸期にここから五島へ移住した方が多くいた歴史もあります。

今でも残念ながらニュースで見ることがある子捨てですが、今と違って貧しい時代は間引きなどの言葉があるように貧しい村では生き延びるためにそのような風習があった言い伝えがあるのも事実です。そのあたり平凡社出版の「日本残酷物語全5巻」を読むと理解しやすいかもしれません。民俗学者の宮本常一氏や山本周五郎氏などが書き手で読みごたえがあるいい本です。

今日は黒崎永田郷(永田町)にある小字地名「子捨川」のおはなしでした。

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