写真は池島航路より見た城ノ尾方向、ちょうど背後の三角山の下あたりの寺と寺に挟まれた墓地の上が地名の由来となった城ノ尾で現在は神浦城公園として整備されています。さいかい交通の神浦バス停より徒歩15分ほどの高台にあります。
因みに神浦城ですが南北朝時代の永和年間にに大串小次郎俊長が城郭(山城)を構えたことが郷村記神浦村にも記されております、その後戦国期に大村純忠の命で取り崩しとなったようです。
外海神浦(神浦江川町)にある小字地名「城ノ尾」の地名について考えたいと思います。
特に小字地名の多い外海の小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載はありません、郷村記神浦村の古城之事に江川と云う處の尾寄りにありと記載があり、この記載から城ノ尾となったと考えられます。
今日は外海神浦(神浦江川町)にある小字地名「城ノ尾」のおはなしでした。
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