JR長崎本線喜々津駅ホーム、明治末期ごろまでは駅より海側は塩田地帯だった喜々津の化屋地区、この喜々津駅付近の小字地名が「間瀬貝」になります。
今も小ぶりながら木造駅舎が残る喜々津駅、ここから長崎本線は長崎方向へ旧線と浦上新線が分岐します。今は新幹線開業で特急列車は通りませんが快速列車は喜々津駅に停車します。
喜々津駅前バス停に停車する長崎県営バス、駅付近は住宅街になっています。
多良見化屋にある小字地名「間瀬貝」の地名について考えたいと思います。
小字地名ですので伊能大図に記載はなく陸測図や地形図にも記載のない地名です。また喜々津村は佐賀藩諫早領のため郷村記の記述もありません。地名の由来ですが間瀬貝なる貝はありませんが、元は海辺の塩田地帯ですので貝類にはまちがいありません、マテ貝の転訛の可能性が一番高いと思いますが方言で別の貝類だった可能性もあるかもしれませんが特定は難しいです。
こちらは明治33年喜々津村より化屋(喜々津駅)周辺の陸測図(今昔マップ on the webより)より引用、まだ塩田ありしころの貴重な時代の地形図
今日は多良見(喜々津)化屋にある小字地名「間瀬貝」のおはなしでした。
この記事へのコメント
江口 聡
サルル
間瀬貝の内陸側の小字地名が隣接する形で下阿蘇、上阿蘇があったようです。
江口 聡