梶畑(浦上山里村家野郷 梶畑)昔は浦上川沿いの水田地帯

今日は浦上地区にあった小字地名のおはなしです。 写真は浦上川沿いにある梶畑周辺(写真の左側)、浦上川右岸沿いにあり、現在は純心校や長大の一角がある地域です。 地形図などを見る限り、純心校や三菱兵器製作所ができる前は浦上川(旧大井手川)沿いに広がる水田地帯だったようです。 今は水田もなく、若者が多い文教地区になっています。 小字地名の梶畑について考えたいと思います。 小字…

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ツイ堂(浦上山里村家野郷 ツイ堂)長大裏門前付近の小字地名

今日は長崎大学文教キャンパス裏門付近の小字地名のおはなしです。 写真はツイ堂付近、昔は三菱長崎兵器製作所大橋工場のあった場所で、なんとなく外壁がその雰囲気を伝えているようにも感じます。 路面電車とは反対側の通りで純心高経由の路線バスが通る通りです。長崎大学がありますので人通りも賑やか、車の通りも長崎バイパスから市内へ向かう車で賑わう通りです。 小字地名ツイ堂の地名について考…

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平床(浦上山里村寺野郷 平床)聖マリア学院周辺の丘

今日はマリア学院近くにあった小字地名のおはなしです。 写真は現在の平床の地名を守る平床公園、公園名や橋梁などに小字地名が残されている場所がたまにあります。ちなみに最寄りは長崎バスマリア学院前バス停で、下大橋行きや小江原、式見方面行きのバスが走っています。 写真は八幡神社鳥居付近を走る長崎バス、この八幡神社からマリア学院附近のちょっとした丘(台地)が平床地区で地名の由来…

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清水(浦上山里村本原郷 清水)本原山手にある小字地名

今日は本原にある小字地名のお話です。 写真は小字地名清水付近を走る県営バス、県営バスエリアですし、特段用事もないためこの附近は正直あまり行ったこそすらありませんでしたが、この附近も実に長崎らしい風景で岩屋山が遠望できます。バスの後に見える白いマンションなど傾斜地を上手く利用した長崎らしさを感じます。 現在は本原経由の長崎バスも走るようになり、私もこの地区を知るきっかけ…

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馬場後(浦上山里村家野郷 馬場後)昔は田園地帯だった岩屋橋付近

今日は山里村にあった小字地名のおはなしです。 写真は岩屋橋交差点付近、長崎バス横にある巨大なサックスがある大橋公園のある付近一帯が馬場後(ばばのうしろ)で浦上川沿いの一部が以前紹介した馬場になります。 この辺りも馬場後、昔は土木事務所前のバス停が両側にありましたが現在は片側だけで名前も長崎振興局になっています。 岩屋橋交差点付近、この近くにある塾に2年ほ…

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法入(浦上淵村竹ノ久保郷 法入)浦上川沿いの不思議な地名

今日は長崎市内の浦上川沿いにある法入(ほうにゅう)という実に変わった地名のおはなしです。 写真は梁川町付近を流れる浦上川、この附近が(川の左側)が小字地名の法入付近になります。それにしても「ほうにゅう」とは不思議な響きを持つ地名で最初は気になりながらも全く検討すらできない地名に感じました。 写真は小字地名の法入内にある梁川公園前バス停、対岸はすぐに浦上駅や茂里町があり…

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赤木(浦上山里村中野郷 赤木)高尾小周辺の小字地名

今日は山里地区にある小字地名のお話です。 写真の中央左よりの丘方向が小字地名の赤木周辺になり、現在は高尾小学校やキリシタン墓地で知られる赤城墓地があります。小字地名は赤木ですが小字地名は赤城になっています。 赤城と言えば真珠湾攻撃に参加した日本を代表する航空母艦やその艦名の由来になった上州の赤城山を思い出します。はじめてこの地名を知ったのは赤城墓地でしたので長崎になぜ赤城があ…

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河内(長崎山里村里郷 河内)江平にある「かわち」地名

長崎に割合多くある地名のひとつ「かわち」地名、今日は江平にある小字地名のおはなしです。 写真は、江平中下付近の河内(かわち)付近から岩屋山方向、長崎は坂の町、高台から見る岩屋山も方向によりいろんな形があることが分かります。場所によりいろんパノラマ風景が高台まで住宅街が広がる街だけに楽しめるのが長崎の利点のひとつかもしれません。 ちなみに長崎バスのバス停では(かわち)読みでは寺…

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馬場(浦上山里村家野郷 馬場)サンタ・クララ教会址

今日は浦上川の沿い、本大橋(山里大橋)附近にある小字地名のおはなしです。 写真の浦上川右岸が馬場になります。この馬場の右岸に江戸期1603年にイエズス会のサンタ・クララ教会が建てられ1614年の禁教令までは浦上信徒の中心として賑わったようです。教会自体は1619年に取り壊されたようです。立地的に浦上街道沿いの平地で人の往来も多く賑わう場所ですので禁教令さえなければもっとこの周辺が賑…

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新井手(西浦上村家野郷 新井手)防空壕が多数あった文教公園

今日は西浦上村側の家野郷にある小字地名のおはなしです。 写真は浦上川対岸から見た新井手地区(写真左側)、手前の文教公園付近には布袋厚氏の「復元!被爆直前の長崎」の地図を見ると防空壕群が記載され、多数の防空壕が作られていたことが分かります。戦時中は三菱の軍需工場が立ち並び、お隣には純心高もある場所です。 防空壕というと山の斜面にある穴をイメージしますがここは川沿いの平地ですので恐ら…

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