森ノ木(浦上淵村稲佐郷 森ノ木)稲佐遊郭ありし処

今日は稲佐の悟真寺付近の小字地名のおはなしです。 写真は長崎バスの終点悟真寺バス停付近が森ノ木付近になります。周辺には悟真寺や稲佐外国人墓地、またかっては稲佐遊郭があった界隈になります。 同じく森ノ木付近を走る長崎バス、以前に比べ随分路線バスが減った印象の悟真寺地区 稲佐郷の小字地名「森ノ木」の地名について考えたいと思います。 小字地名ですので伊能大図や測量日記に…

続きを読む

上山(浦上淵村稲佐郷 上山)稲佐岳中腹の小字地名

今日は稲佐山の中腹にある小字地名おはなしです。 稲佐山山頂から見た上山(かみやま)周辺、山頂から見てやや左側で主に稲佐3丁目周辺になります。ちなみに山頂から見て右側にあるお隣の2丁目には下山(しもやま)がありました。この辺りまでは長崎らしく住宅が密集しています。 稲佐の小字地名「上山」の地名について考えたいと思います。 小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載のない地名です…

続きを読む

陣馬(浦上淵村岩瀬道郷 陣馬)身投石のあった旧名所

今日は長崎港に面した岩瀬道郷にある小字地名のおはなしです。 五島航路越しに見る岩瀬道郷、三菱本社屋手前が身投崎(石)があった場所で現在は削られ横長の建物になっています、また横にある大型船岸壁が向島岸壁になります。 同じくクルーズ船越しの岩瀬道郷、江戸期には長崎港警備のための岩瀬道台場(備場)が設けられた場所です。 岩瀬道郷内からみた小字地名陣馬、先端部分…

続きを読む

塩浜跡(浦上淵村飽ノ浦郷 塩浜跡)飽の浦にあった塩田跡?

今日は飽の浦郷にあった小字地名のおはなしです。 写真は飽の浦付近を走る長崎バス、バスより後方の飽の浦小周辺が小字地名の塩浜跡付近になります。現在は海側に三菱長崎造船所があり地形を含め昔の面影がほぼ残っていない地域かもしれません。 小字地名である塩浜跡の地名のついて考えたいと思います。 小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載はなく、残念ながら長崎名勝図絵や長崎古今集覧にも記…

続きを読む

横瀬(浦上淵村稲佐郷 横瀬)稲佐の横瀬

今日は稲佐郷にあった地名のおはなしです。 横瀬付近を走る長崎バス、場所は式見や下大橋行きが止まる長崎バスの稲佐橋バス停付近で三菱の稲佐寮付近でもあります。昔はバスの車道付近は海で左側に坊ヶ崎という小岬がありました。 三菱稲佐寮、昔は野球やソフトボールなど賑やかだった記憶がありますが今後どうなるんでしょうか、静かでした。 早速ですが稲佐郷にあった横瀬について考えた…

続きを読む

栄勘根(浦上淵村岩瀬道郷 栄勘根)八軒屋バス停付近の小字地名

今日は三菱長崎造船所のある岩瀬道郷にある小字地名のおはなしです。 写真は栄勘根付近を走る長崎バスアラジン号、手前には造船所、対岸には長崎港が見え長崎らしい風景が楽しめます。最寄りは八軒屋バス停、市内からも立神や神の島方面へ多くのバスが運行されているので便利な場所です。 この場所、クルージング船と長崎バスを撮れるいい場所です。 クルージング船と長崎バス、コ…

続きを読む

下山(浦上淵村稲佐郷 下山)旧稲佐2丁目にあった地名

今日は稲佐山中腹辺りにあった小字地名のおはなしです。 写真は稲佐山の中腹に当たる下山地区、観光道路や長崎バス、ホテルがある界隈で中腹の南側の広いエリアが下山(しもやま)の区域で北側が小字地名の上山(かみやま)と呼ばれた地域でした。 写真の長崎バスうしろに見える上曙バス停より上手が下山地区になります。 下山の地名について考えたいと思います。小字地名ですので伊能大図…

続きを読む

舟場(浦上淵村立神郷 舟場)三菱長崎造船所立神工場

今日は造船の街、長崎を代表する立神地区の小字地名のおはなしです。 写真は公道から見た三菱重工長崎造船所立神工場、左下に見える道路は公道ではなく造船所内の構内道路になります。 立神地区には通勤時間帯の朝夕に現在も長崎バスが各方面から運行されているほど造船所の中でも中枢になる地域です。 造船工場見学を公道からできるというのは有難いことです、敗戦前までは要塞地…

続きを読む

小屋前(浦上淵村飽ノ浦郷 小屋前)長崎溶鉄所建設の地

今日は幕末に作られた長崎溶鉄所建設の地、飽ノ浦にある小屋前のおはなしです。現在は三菱長崎造船所となり一部は資料館として公開されている場所です。 写真は小屋前にある三菱造船所資料館(木型場)明治31年に建てられた赤レンガ建築は世界遺産の構成施設のひとつです。場所は市内から10分ほどと近いですが、予約必要で800円、現在(2022年8月)は残念ながら休館中のようですのでサイトで最新情報…

続きを読む

大田尾(浦上淵村西泊郷 大田尾) 一番 大田尾古台場

長崎にも数例ある「おおたお」の地名、今日は一番古台場の築かれた大田尾についてのお話です。 海越しの大田尾方面、左側の山手にある集落が大田尾集落、写真中央付近の海岸線附近に一番古(在来)台場の大田尾台場があったはずですが海岸線は埋立られ残念ながら遺構はないようです。写真右上の崖上にはフェートン号以降に福岡藩が築いたスズレ新規台場がありました。 ちなみに大田尾の古台場は1655年…

続きを読む