蛍越(浦上淵村立神郷 蛍越)魅力的な地名は盛り過ぎ当て字?

三菱造船所のある立神地区には蛍越というとても魅力的な地名があります。とはいえ、恐らく私も長崎の地名に本腰を入れるまでは全く知らない地名でした。今日はそんな蛍越のおはなしです。 写真は立神地区、高い山は帆掛山(172M)になります。西立神町の裏山になります。帆掛山を越えるとみなと坂方向になります。 立神地区は海以外を四方に山に囲まれた地形です。造船所を除けば、どちらに向かうにし…

続きを読む

志賀波止(浦上淵村稲佐郷 志賀波止) シーボルト台風とハウトマン号

先日紹介した割石のすぐ横(水ノ浦方向)には明治30年からの埋め立てで失われるまで志賀波止(しかのはと)がありました。今日は志賀波止のおはなしです。 写真の昔なら残る階段の向こう側に志賀波止があったようです。昔はこの周辺に稲佐の浜があった場所になります。地名にある志賀ですが、こちらは江戸期より浦上淵村の庄屋を代々受け継ぐ志賀家に由来します。志賀家は戦国期の北部九州を支配した大友家の家…

続きを読む

割石(浦上淵村稲佐郷 割石) 埋立で消えた長崎港内の名所

長崎の夏と言えば精霊流しですが、小さい頃、私の夏の恒例のひとつが納涼船にのって長崎港内を巡ることでした。今日は明治30年以降の埋立前まであった長崎港内の名所のおはなしです。 場所は旭町バス停付近で道路を覆う形で長崎駅方向に架かる旭大橋が写っています。中心部から近く三菱の工場も多いのでバスも多数運行されている場所です。残念ながら石だけでも移設すればよかったのかもしれませんが当時はそん…

続きを読む

鵬ヶ崎(浦上淵村稲佐郷 鵬ヶ崎)稲佐への登り口は長崎港内の出岬 

ロープウェイを使わず稲佐山を目指すと、稲佐橋を渡るとぐっと登り道へ入りますがその最初の登り道に利用された岬が今回紹介する鵬ヶ崎です。 写真は鵬ヶ崎(ぼうがさき)付近を走る長崎バス、登り道が岬跡になります。隣の九州号の支社からは稗田になります。 今では削られて道路になりましたが、なんとなくこの傾斜が江戸期までは長崎港に突き出た岬だったことはなんとなくイメージできます。 …

続きを読む

稗田(浦上淵村稲佐郷 稗田) 頑張れ九州号

宝町から稲佐橋を渡ると九州急行バスの支社や車庫があります。その周辺が以前は稗田と呼ばれた場所でした。現在は光町というなんだか源氏名みたいなキラキラ地名で稗田町の方が品があって良かったと思う方も多いかもしれません。私は稗田派です。 写真は稗田付近を走る長崎バス、後ろに稲佐山と九州号の車庫が見えます。この辺り、長崎市内をぶらぶらする際には昼ご飯にリンガーハットさまでお世話になっています…

続きを読む

梅ケ谷(浦上淵村竹ノ久保郷梅ケ谷) 火葬場の谷は梅の名所

桜の名所は思い浮かべますが、長崎で梅の名所と言われても??です。丸山の天満宮には梅のない時期にしか行ったことがありません。今日は江戸期の長崎にあった梅の名所のおはなしです。 写真は淵町バス停付近です。この通りの後ろにある最近移転してきた十善会病院(以前は成人病センター)、その奥にある谷が今回紹介する梅ケ谷になります。現在は長崎市もみじ谷葬祭場もあります。 もみじ谷、個人的には…

続きを読む

飽の浦(浦上淵村飽ノ浦郷) 長崎造船所発祥の地

飽の浦といえば、造船所や三菱の資料館、そして恐ろしいほど急な坂を思い浮かべます。今でこそ造船所があるため海は見えませんが長崎らしい風景を見ることができます。 三菱重工長崎造船所の大きな工場群や世界遺産のクレーンも見えます。この辺り、立神までは三菱造船の労働者も多いためバスも多く運行されています。この撮影場所も急な坂を登らないとたどりつけないのが飽の浦らしくもあります。 …

続きを読む

瀬ノ脇浦(浦上淵村 瀬ノ脇浦) 釛山恵美須神社は江戸期の埋立地 

先日紹介した裸島の対岸が瀬ノ脇浦でした。今日は釛山(こがねやま)恵美須神社のある瀬ノ脇浦についてのおはなしです。 こちらは水ノ浦方面から見た瀬ノ脇方向です。恐らく当時は道路を含め海だった場所で岩礁があり航行の難所だったようです。今は写真が示す通り長崎造船所があり世界遺産のジャイアントカンチレバークレーンが見える地域です。バスも市街に近いこともあり頻繁に走っています。 …

続きを読む

裸島(浦上淵村瀬ノ脇浦 裸島) 長崎港内にあったその名も裸島

長崎港内には江戸時代、裸島という周囲60メートルほどの小島がありました。今日は字面だけ見ればヌーディスト島?と妄想したくなるような気になる名の裸島について 写真は長崎港(船)から見た裸島方向、世界遺産になった三菱のジャイアント・レバークレーンが見えます。大雑把に言えばクレーンの右側が瀬ノ脇方向、左側は飽の浦方向になります。ちなみに裸島は明治維新の頃、長崎製鉄所設置の埋め立てで残念な…

続きを読む

道生田(浦上淵村木鉢郷 道生田) 元禄3年設置の火薬庫は難解地名

今回は江戸時代の木鉢に存在した難読地名です。道生田(土生田)との記録もある地名ですが小字にはなく、正直言って正確な読みが分かりません。どしょうだ、どしょうでんでしょうか? こちらは道生田塩硝蔵のあった道生田(現木鉢双葉園)附近より木鉢浦を俯瞰、手前の下にみえる住宅地は明治までは海でした。ここからの景色もなかなかで、遠くには香焼の三菱工場や神の島にあるドンク島や高鉾島が見えます。また…

続きを読む