梅ケ谷(浦上淵村竹ノ久保郷梅ケ谷) 火葬場の谷は梅の名所

桜の名所は思い浮かべますが、長崎で梅の名所と言われても??です。丸山の天満宮には梅のない時期にしか行ったことがありません。今日は江戸期の長崎にあった梅の名所のおはなしです。 写真は淵町バス停付近です。この通りの後ろにある最近移転してきた十善会病院(以前は成人病センター)、その奥にある谷が今回紹介する梅ケ谷になります。現在は長崎市もみじ谷葬祭場もあります。 もみじ谷、個人的には…

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飽の浦(浦上淵村飽ノ浦郷) 長崎造船所発祥の地

飽の浦といえば、造船所や三菱の資料館、そして恐ろしいほど急な坂を思い浮かべます。今でこそ造船所があるため海は見えませんが長崎らしい風景を見ることができます。 三菱重工長崎造船所の大きな工場群や世界遺産のクレーンも見えます。この辺り、立神までは三菱造船の労働者も多いためバスも多く運行されています。この撮影場所も急な坂を登らないとたどりつけないのが飽の浦らしくもあります。 …

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瀬ノ脇浦(浦上淵村 瀬ノ脇浦) 釛山恵美須神社は江戸期の埋立地 

先日紹介した裸島の対岸が瀬ノ脇浦でした。今日は釛山(こがねやま)恵美須神社のある瀬ノ脇浦についてのおはなしです。 こちらは水ノ浦方面から見た瀬ノ脇方向です。恐らく当時は道路を含め海だった場所で岩礁があり航行の難所だったようです。今は写真が示す通り長崎造船所があり世界遺産のジャイアントカンチレバークレーンが見える地域です。バスも市街に近いこともあり頻繁に走っています。 …

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裸島(浦上淵村瀬ノ脇浦 裸島) 長崎港内にあったその名も裸島

長崎港内には江戸時代、裸島という周囲60メートルほどの小島がありました。今日は字面だけ見ればヌーディスト島?と妄想したくなるような気になる名の裸島について 写真は長崎港(船)から見た裸島方向、世界遺産になった三菱のジャイアント・レバークレーンが見えます。大雑把に言えばクレーンの右側が瀬ノ脇方向、左側は飽の浦方向になります。ちなみに裸島は明治維新の頃、長崎製鉄所設置の埋め立てで残念な…

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道生田(浦上淵村木鉢郷 道生田) 元禄3年設置の火薬庫は難解地名

今回は江戸時代の木鉢に存在した難読地名です。道生田(土生田)との記録もある地名ですが小字にはなく、正直言って正確な読みが分かりません。どしょうだ、どしょうでんでしょうか? こちらは道生田塩硝蔵のあった道生田(現木鉢双葉園)附近より木鉢浦を俯瞰、手前の下にみえる住宅地は明治までは海でした。ここからの景色もなかなかで、遠くには香焼の三菱工場や神の島にあるドンク島や高鉾島が見えます。また…

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平戸小屋(浦上淵村平戸小屋郷) 平戸松浦藩ゆかりの地

長崎の村に最初にできた6町のなかにも出てくる平戸(平戸町)、残念ながら長崎市の暴挙のため昭和38年に万才町にされてしまいしまた(涙)もし開港450年を祝うならまず歴史的にも町名復活を願いたいものです。そんななか孤軍奮闘で江戸期からの長崎市で平戸の名前を守り続けているのが今回紹介する平戸小屋町になります。 平戸小屋町から眺める長崎港、稲佐山の中腹に近い高台にあり見晴らしはとてもよく、…

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塩浜脇(浦上淵村飽ノ浦郷 塩浜脇) 塩釜由来?

三菱造船所のある飽の浦と岩瀬道町に挟まれた塩浜町 江戸時代の古地図にはシヲカマの地名が。。。 こちらの地図は1802年の肥前長崎図の復刻盤ポスター(長崎文献社)より引用。 うちのトイレに貼ってる地図ですが画像からは匂わないと思うので添付してみます(汗) 長崎バスのバス停は坂の途中にありますが地名の語源になったと思われるシヲカマは恐らく海岸沿いの重工記念長崎病院附近…

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