奥山(上長崎村本河内郷 奥山)高部水源地奥の集落

今日は本河内にある小字地名奥山のおはなしです。 写真手前に写る本河内高部水源地の奥側の山手にある集落が奥山地区になります。奥山を知ったのは今年で40年になった長崎大水害の際に大きな被害が出た地区でテレビでも当時よく放映されたいたからです。 山に囲まれ川が流れる谷間に土石流が襲い24名の方がお亡くなりになっています。長崎自体水害を受けやすい地形が多いため河川改修等対策はされてい…

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猛師小屋(上長崎村本河内郷 猛師小屋)明治新道にある小字地名

今日は長崎街道明治新道沿いの小字地名のおはなしです。 長崎でも森林浴ができそうな素敵な雰囲気が残る長崎街道明治新道のこの付近にある小字地名が猛師小屋になります。猛暑の時期以外は日陰が多いのでお散歩にも最適です、車通りも少なく安全ですが電灯はないので明るい時間限定です。 早速ですが猛師小屋の地名について考えたいと思います。小字地名ですので伊能大図や測量日記、長崎名勝図絵、長崎古…

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大曲(上長崎村本河内郷 大曲)松島稲荷神社

大曲と言えば、日本で言えば秋田の花火大会で有名な大曲、市内で云えば、飽の浦の福田道途中にある大曲を思い出します。前者は鉄道、後者は道に由来と思いますが今日は本河内の大曲についてのおはなしです。 写真は小字地名大曲にある松島稲荷神社、江戸期には松島大明神と呼ばれ、以前は老木の下に小さな稲荷の祠があったことが現在の神社の由来となっているようです。松島の名は大村の捕鯨家「松島與五郎」が社…

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峠(上長崎村本河内郷 峠)長崎側の日見峠

前回は日見側の峠を紹介しましたが長崎側にも当然の如く峠がありました。今日は本河内側の峠のおはなしです。 日見峠の一番頂上付近?正式な場所は分かりませんが途中道なき道を登り、稲佐山の見えるこの場所へ到達できたのでほっとするとともに到達間を味わえました。 小字地名の峠について考えたいと思います。伊能大図には(彼杵群、高来郡日見峠の記載があり、測量日記にも高来郡日見村の日見峠ととも…

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番所(上長崎村本河内郷 番所) 日見新道の料金所

蛍茶屋から日見を目指すと番所というバス停があります。今日は本河内にある番所のはなしです。 この界隈、近年長崎バスも矢上方面に進出したのも時代の変化を感じますが、私には何と言っても国道の4車線に時代の変化を感じます。よくもまぁ~4車線化ができたものだと。。。番所と言えば、江戸幕府が交通の要所に番人を置いて徴税や外国船の監視などを行うための建物といった認識があり、当然この本河内にある番…

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猛獅山(上長崎村本河内郷 猛獅山) 長崎民話の舞台のひとつ

子供のころ、土曜の7時と言えば長寿番組にもなった日本昔ばなしを見ることでした。それに影響されたのか小学校の頃は長崎の民話や昔話の本を買って読んでいました。その本にも出てくる舞台が今日紹介する長崎街道の日見峠近くにある猛獅山(もうしやま)です。 場所的には日見峠と御手水の中間地点より南側の山です。この民話が最後には恋仲の怨念が人間の顔をした黒牛になって山に現れるという微妙な話の展開の…

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蛍茶屋(上長崎村本河内郷 蛍茶屋) 長崎街道の玄関口

長崎市内を走るチンチン電車、その2号3号4号5号系統の終点が今回紹介する蛍茶屋、要するに1号系統以外はすべて乗り入れる強者です。そんな有名な地名ですが住所には無い地名が今回紹介する蛍茶屋です。 画像の手前にある石橋が1653年建造の一ノ瀬橋で、江戸期には「市瀬晴嵐」として長崎八景のひとつに選ばれています。地名の由来になった蛍茶屋は一ノ瀬橋を渡った右側奥(電柱の右側)にあったようです…

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