高麗バエ(黒瀬村太田尾郷 高麗バエ)西彼大島西岸の小字地名 

今日は西彼大島西岸太田尾にある小字地名のおはなしです。 写真は崎戸蛎浦島より見た西彼大島高麗バエ周辺の海辺、干潮時ですが岩礁が続く海岸線です。読みは「こうらいばえ」です。 高麗バエ付近の海辺から見た片島方向、この辺り海もすごく奇麗な海辺です、最寄りはさいかい交通「大島白浜」バス停になります。 西彼大島太田尾のある小字地名「高麗バエ」の地名について考えたいと思…

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蛤向(黒瀬村蛤郷 蛤向)蛤バス停付近の小字地名

今日は西彼大島蛤にある小字地名のおはなしです。 さいかい交通崎戸線の蛤バス停付近が蛤向にあります。位置的に蛤浦の西側に位置し蛤集落の向かい側にあります。 蛤バス停付近にある昔ながらの商店 西彼大島蛤にある小字地名「蛤向」の地名について考えたいと思います。 小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載のない地名です、また郷村記黒瀬村にも記載のない地名です。 地名の…

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横島(黒瀬村寺島郷 横島)寺島と地続きになった島

今日は西彼大島のお隣、寺島にある小字地名(島)のおはなしです。 大島より見た寺島にある横島、整備された漁港の後ろが元は島だった横島です。現在は埋立られ、北側は漁港になっています。 寺島の小字地名「横島」の地名について考えたいと思います。 小さいですが島ですので伊能大図や測量日記に記載のある地名です。測量日記には横島は周囲二町半といった記述があります、また郷村記黒瀬村には周廻…

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池ノ原(黒瀬村寺島郷 池ノ原)寺島にある小字地名

今日は西彼大島お隣にある寺島の小字地名のおはなしです。 写真は大島側から見た寺島大橋、橋付近から海辺の北側(画像対岸の左側)が池ノ原(いけのはら)になります。 江戸期は中浦村に属した時代もある牧場の島だった寺島ですがその後は黒瀬村(西彼大島)の属する島に変わっています。 元々は無人の時代もあり地名が少ない寺島です。 寺島にある小字地名「池ノ原」の地名について考えたいと思い…

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楠地(黒瀬村間瀬郷 楠地)陸に残る楠地島

今日は西彼大島間瀬地区にある小字地名のおはなしです。 こちらは楠地の由来である楠地島の現在、島は昭和30年代に大島炭鉱からのボタをトロッコで運ばれ周辺を含め埋立られていますが島の原型は陸上ですがほぼ保たれています。 反対側から見た楠地島、残念ながら閉店してますが昭和の佇まいが残る丸山商店が残っています。炭鉱のある時代はきっと賑わったことでしょう 元楠地島…

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内浦(黒瀬村間瀬郷 内浦)オリーブベイホテルある入江

今日は西彼大島にある小字地名のおはなしです。 写真は内浦、炭坑、その後の造船所のため大規模に埋立てられた大島の東海岸ですがこちらは運よく当時の海岸線が残されています。 海辺には高級リゾートホテル・オリーブベイホテルがあります。 貴重な当時の海岸線が残る内浦の奥部 海辺にあるホテルですが目の前は道路や大島造船所で塞がれています、一応外洋には出られますが見…

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蛸島(黒瀬村間瀬郷 蛸島)寺島大島付根にあった小島

今日は西彼大島にあった蛸島のおはなしです。 写真は西彼大島側から見た寺島、寺島大橋の橋脚右に見えるのが蓬莱島です。目立ちませんが運よく残っています、手前の大島側にある岩礁が蛸島のあった処になります。空中写真を見ると蛸島の一部であったことが伺い知れます。 国鉄能登線の終着駅で知られる蛸島、よき島名です。 さいかい交通大島港バス停から見た大島大橋、橋の根本付近が元蛸島、…

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千賀浦(黒瀬村大島郷 千賀浦)大島浦にある小字地名

今日は西彼西大島にある小字地名のおはなしです。 写真は大島浦の奥にあるさいかい交通西大島バス停、この付近の小字地名が千賀浦になります。 さいかい交通西大島線の西大島バス停、様々な昨今の状況を考えると路線バスの維持が可能か心配な路線に思えます。 海側から見た西大島バス停方向、昔はもっと奥まであった大島浦ですが埋立られています。 西大島にある小字地名「…

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大島新田(黒瀬村大島郷 大島新田)大島西小付近の小字地名

今日は西彼大島の大島地区にある小字地名のおはなしです。 写真は大崎小学校への統合のため閉校になった大島西小学校、この周辺が小字地名「大島新田」になります。位置的には大島浦の奥に位置しています。 早速ですが大島郷の小字地名「大島新田」の地名について考えたいと思います。 小字地名ですので伊能大図や測量日記に記載のない地名です。また(大村)郷村記大嶋村にも残念ながら記載のない地名…

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蛤(黒瀬村 蛤郷)西彼大島にある郷名

今日は西彼大島にある郷名のおはなしです。 写真は蛤郷の中心小字地名「蛤」付近の写真です。目の前には蛤浦が広がります。場所は西彼大島の玄関大島港から崎戸方向へ進み大崎高校の手前にある長閑な入江が広がっています。 遠浅な海岸の蛤浦、干潟には地名の由来になった蛤がきっと生息していたんでしょう。江戸期には新田が開かれたこの地域ですが大島炭鉱時代の鉱害で水田は失われています。 …

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