俵崎(三浦村日泊郷 俵崎)溝陸との境にある小岬

今日は大村市日泊町にある小字地名のおはなしです。 写真の青い建物の左側が俵崎方面になります、大村湾沿いの海辺ですがあまり岬といった地形ではありません、ちょうど写真の青い建物までが溝陸町でそれより先が日泊町の町境(旧郷境)になっています。 俵崎地内、大村湾沿いの県道37号沿い緩やかなS字カーブになっています。 俵崎付近より見た大村湾、多良見(喜々津)方面、…

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十花ノ鼻(三浦村溝陸郷 十花ノ鼻)郷村記三浦村記載の岬 

今日は大村市溝陸にある小岬のおはなしです。 写真はお隣の日泊町より見た十花ノ鼻、大村湾内溝陸浦の西北西に位置する小岬になります、近場は民家などもあり遠方からの方が多少は岬らしく見えます。写真の解像度が低くお見苦しい点はご了承ください。因みに岬のある小字地名は藤原(ふじわら)となっています。 大村市溝陸にある小岬、十花ノ鼻の地名について考えたいと思います。 小岬なので伊能大図…

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才ノ浦(三浦村溝陸郷 才ノ浦)大浦西の小浦

今日は大村市溝陸にある小字地名のおはなしです。 県営バスの西溝陸バス停、この陸側がちょうど才ノ浦のあった処でこちらも先に紹介した大浦同様に埋め立てられています。大浦の隣で西側にあった小浦と推定されます。 大村市溝陸にある小字地名「才ノ浦」(さのうら)の地名について考えたいと思います。 小字地名ですので伊能大図に記載はなく郷村記三浦村にも記載のない地名です。 地名の由来です…

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大浦(三浦村溝陸郷 大浦)今は埋立で消えた大浦

今日は大村市溝陸にある小字地名のおはなしです。 写真は県道37号線大村貝津線を走る長崎県営バス、ちょうど後ろに見えるソーラーパネルのあった辺りが江戸期は大浦があったと推定される場所で家が見えるところ付近が波打ち際近くだったようです。明治期の陸測図ではすでに水田地帯で恐らく郷村記三浦村記述の寛政11年溝陸新田干拓の際に埋め立てられたのかもしれません、現在は県道より海側も埋立られさつき…

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伊賀峯(三浦村溝陸郷 伊賀峯)藩境付近にある古城址

今日は大村市の溝陸町にある小字地名のおはなしです。 写真の水辺の上に見える素敵な小山が伊賀峯になります、ちょうどこの水辺が江戸期は大村藩と佐賀藩諫早領の藩境に当たり、現在は合併で大村市ですが以前は旧三浦村溝陸郷内になります。 この小山には恐らく戦国期には郷村記三浦村記載の伊賀峯の古城があったとされ今も多少遺構があるようです、南側は溝陸浦、東側には川が流れ、地形的にも藩境にあり…

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