若葉町(長崎市 若葉町)藩境で番所のあった処

今日は長崎市北部の若葉町、なんと町の由来は社内公募という珍しい町です♪
長崎大学や西浦上支所が近く、買い物、交通となんでも便利なところです。

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この若葉町付近ですが江戸時代は天領(幕府領)で書物により現在の若葉町電停附近に藩境があったことが書かれています。
その頃は浦上村家野(いえの)郷でした。ちなみに付近には大村藩領の浦上家野村(うらかみよのむら)があり、呼び方を変えることで区別したようです。外海もそうですが結構複雑な境で地名が混在しているのも長崎の地名の特徴のひとつかもしれません。

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この若葉町電停自体、実は昭和町通り歩道橋撤去により平成10年に長崎駅寄りに140メートルほど移動しています。
はっきり場所は特定できませんがこの付近に大村藩の番所があったようです。伊能忠敬の測量日記には場所は書かれていませんが口留番所の文言が見受けられます。

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やっぱり長崎の路面電車はこの色が落ち着きます♪

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こういう広告電車をみるのも楽しいですね。こちらは九州号の電車です♪

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あっそうそう若葉町といえばスーパーマルタマを忘れてはなりません。玉屋百貨店の系列店で最後まで生き延びた人気のスーパーでしたがとうとう2019年8月に閉店し54年の歴史を終えました(涙)
安いから、ちと遠くてもマルタマに行くこともありましたし、親はマルタマファンでしたね♪

さて、若葉町自体は昭和39年に誕生した比較的新しい町です。
その若葉町の意外な由来は、長崎電気軌道(路面電車)の路線延長に関係しています、昭和25年9月に大橋~住吉間が開業し、その2年後昭和27年に若葉町電停が設置されています。そのとき社内公募で決まった電停名が若葉町(わかばちょう)だったことが結果的には本当の町名へ発展しています。

鉄道会社が沿線の住宅開発と合わせて地名をつけることは他の地域では見受けられますが住宅開発もなく、ただ社内公募で決まったのは珍しい例かもしれません。若葉マークや新しさを連想させることからこの名になったのかもしれませんね。場合によっては境町とか番所町とかの可能性も少しはあったのかもしれませんね(笑)

そういえば、バス好きな私は街に出る場合、数年前まで住吉からではなく若葉町で乗り降りすることが多かったです。
なぜかといえば、長崎駅からが特に顕著でしたが(現在はバスも結構値上げしたので電車で我慢してます・笑)長崎駅~若葉町までは割合運賃が安く路面電車と差が少ないので多少歩いてもゆっくり座れるバスを選択してましたね。住吉まで乗ると路面電車との差が明らかで流石に高級すぎて利用できなかったです(笑)

なぜに長崎駅から若葉町までが安かったのか。。。。
もちろん路面電車も理由ですが、この大村藩との境が原因のひとつだったかもしれません。
都会的な天領である地域まで安く、境を超えると田舎なので運賃が急に高くなるといった訳で(笑)

そんな訳で、私は田舎の大村藩領に住んでいたことがバレバレになるのでした(大笑)
今日は若葉町のおはなしでした。

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