天見川原(崎戸村本郷 天見川原) 崎戸二坑(浅浦坑)ゆかりの地

今旬な話題と言えば、あのお下劣な米大統領選(笑)ではなく高校野球九州大会だと思います。
何と言っても長崎代表の大崎高校が九州大会の決勝まで行ったのですから。。。♪これで少なくとも選抜(あるかどうか微妙ですが)があれば間違いなく離島代表としても素晴らしい甲子園となりそうです。今日はそんな大崎高校のある崎戸に関する地名から天見川原の地名を。

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この写真は、さいかい交通浅浦バス停付近から撮った雨見ヶ浦(天見河原)の浦の入り口付近の写真です、天気がよければ海はとっても綺麗です。この雨見ヶ浦(天見川原)ですが崎戸二坑(浅浦坑)の炭住や二坑桟橋があり炭鉱全盛時はとても賑わったことでしょうし、海も石炭積み出しで賑わったころは今ほど美しくはなかったことでしょう。それにしても雨見ヶ浦(天見川原)とは魅力的な響きを持つ地名です♪現在もさいかい交通のバス停に雨見ヶ浦を見下ろす位置に天見バス停があります。

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こちらは天見バス停付近から撮った雨見ヶ浦、天気が悪いとこんな感じであまり美しくありません(汗)天気がいい時がお勧めです。
さて天見川原の地名ですが、伊能大図には雨見ヶ浦の地名の表記はありませんが浦の中に小島が記されています。伊能の測量日記に小島は1周3町1間4尺とありキョリ測で計測した周囲の長さとほぼ一致することから写真左側の手前にあるぽこんと出た小山が元小島であることが分かります。またその手前には小さく突き出した二坑桟橋が見えます。ちなみに崎戸には恐らく小島に由来する小島本という小字がありました。測量日記には小島に続くかたちで雨見ヶ浦の地名が出てきます。

伊能の時代には雨見ヶ浦(あまみがうら)の地名が時代の変化に伴い、いつのまにか天見川原の当て字にがされたようです。まぁ~それにしてもヶ浦が川原に当て字されるのは川がある場所でもなく意外です。発音(訛り)による当て字なのかもしれません。雨見ヶ浦の雨見の部分ですが、現在の天見から考えれば天(高いところ)から見(見下ろす)が由来の可能性があります、実際場所や地形的にも一致します。又は飛躍しすぎかもしれませんが海人族(あまぞく)に由来する可能性もゼロではないでしょう。伊能時代の雨の方が当て字で本来はやはりアマ部分は天や海に因んだ意味で使われたのではないでしょうか。

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上記写真は1975年に撮影された崎戸村本郷天見川原(西海市崎戸町)の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用。写真中央付近に、伊能の測量日記に出てくる小島が見えます。その内湾方向に小さく突き出た二坑桟橋が見えます。また小島付近から浄心辺りに二坑の炭住街があったことが伺い知れます。尚、二坑(浅浦坑)は空中写真でも分かるように山を越えた反対側にありました。

今日は大崎高校決勝進出を勝手に祝し、崎戸の雨見ヶ浦のお話でした。
雨の地名ってなかなか魅力的です。他の雨のといえば北海道の幌加内村にある雨煙別を思い出します。

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