宮摺(茂木村 宮摺名) 竈神社由来の地名

茂木の宮摺、私には長崎で一番思い出深い地です。海と言えば、小さいころから父に連れられて長崎バスに乗って宮摺に行き、よく釣りや磯遊びをしていました。だから長崎で一番好きな地名と言えば真っ先に宮摺を思い浮かべます。

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宮摺を走る長崎バス、1~2時間に1本ぐらい市内から運行されています。昔は時津営業所管轄でしたので私の住んでいた西浦上地区から直接行けたのですが現在は神の島営業所管轄となり、市内北部からは宝町で乗り換えが必要となりました。

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宮摺は好きなので何度も行っており写真も豊富なのですが、悲しいことにバスがないので朝焼けの時期に行ったことがないのが個人的には残念です。宮摺発のバスはこの枇杷選果場の前から出発します。昔は両側に店があって、海水浴シーズンなんかはバスが来ると待ち客で結構賑わっていましたね。夏は臨時便も結構運行されていました。今ではとても信じられない光景ですが。。

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昔は海の家が海水浴場前に沢山あったのですが今ではひとつだけとなりました。海の家の上方には長崎バスや斜面に開かれた枇杷畑が見えます。

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海の家が減りすっきりして、静かな海水浴場から見る雲仙や天草の風景は癒されます。

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対岸から見た宮摺集落、集落の左側には千々へ向かう長崎バスが写っています。この年になっても海といえばやはりこの枇杷畑に囲まれた風光明媚な宮摺でぼぁ~~っとして波の音を聞きながら雲仙や天草の風景を眺めると、なんだか心がとっても癒されます♪

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長崎バス宮摺バス停、場所が場所だけに痛みも進行してますがそこかまたいい味を出してます♪

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こちらはまだ痛む前の元気なころの宮摺バス停、海水浴客の姿も見えます。

さて宮摺の地名ですが伊能大図にも茂木村宮摺名と記載され測量日記にも宮摺名の地名は出てきますが残念ながら長崎名勝図絵には手前にある立石や先にある千々の記載はありますが宮摺はありません。海水浴場は時代的にも記載がないのは当然としても竈神社の記載はあってもよかったのではと思ってしまいます。

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宮摺の地名ですがやはり宮の文字がるので地名の由来は間違いなく竈神社神社由来で間違いないと思います。竈神社といえば鬼滅の刃ブーム♪、その鬼滅に出てくる神社の名前は竈門(かまど)神社というらしく、宮摺にある竈神社と字こそ一字少ないですが読みは同じようです。残念、宮摺は聖地になり損ねたのかもしれませんね。今のように静かな宮摺も大好きですが子供の時のように大賑わいでバスも始発から席が結構埋まる宮摺もみた見てみたい気がします。写真は竈神社ですが立派な大クスもありとてもパワーを感じさせる神社です。宮摺バス停から10分ほど登った場所にあります

話を戻し宮摺の摺(ズリ)部分については昭和の時代に出された「地名のルーツを探る 長崎・野母半島」という本に修理がズリに転訛したものとして紹介されていますが、最初見たときからとても違和感を覚えました。宮の修理があったとしてもそんなことが地名になるとは到底思えませんし、「すり」が「ずり」に転訛するとは思えません。また宮摺の竈神社は1626年に勧請された記録がありますがそれ以前は不明であり、修理説には無理があり、宮摺の摺(ズリ)には別の意味があるといえるでしょう。

摺(ズリ)ですが、鉱山や工事などで出た岩石や土砂、地形的には崖や急傾斜地や山から木を落とす道などに使われます。最初のズリですが、現在でも北海道では炭鉱のあった街にはズリ山があり、夕張のズリ山には登ったことがあります。九州ではボタ山ですが北海道ではボタではなくズリです。宮摺の竈神社ですが郷土誌「茂木のあゆみ」には写真付きで本殿前に海の小石が積まれており、「元日にひしゃくで海から若潮をくみ、白い石英の玉石を3つ入れ、潮玉として神社に奉納されたもの」と記載があり、この小石のことが神社にある摺(ズリ)として地名の由来になった可能性がありそうです。

また竈神社自体、集落の高台の急傾斜地にあるのでその地形的なことから宮摺となったことも考えられます、またこの地形的な崖の要素と小石を奉納することや神社に小石が積まれている風習の両方の要素にちなんで宮摺となったのかもしれません。いずれにせよ宮摺の地名は竈神社が地名の由来になっているのは間違いありません。

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上記写真は2010年に撮影された茂木村宮摺名(現:長崎市宮摺町)周辺の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用、〇部分に竈神社があります。海の家がかろうじて残っています。

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上記写真は1975年に撮影された茂木村宮摺名(現:長崎市宮摺町)周辺の空中写真です。「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より引用、宮摺が賑わっていた時代、海水浴場には海の家が沢山あるのが分かります。もうこんな海水浴場が賑わうことはないんでしょうね。そいえば最近立石トンネルができて、立石からあっという間にワープしたように宮摺に着くようになりました。便利になったには素晴らしいですが、小さいころから細い海沿いの道をバスからのんびり車窓を楽しんでいた私にはなんだか失われたものが大きいように思えました。

今後は歩くしかありませんね。宮摺から立石までの旧道の風景も最高です♪今日は大好きな宮摺のおはなしでした。

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